無明長夜の灯炬なり 智眼くらしとかなしむな 生死大海の船筏なり 罪障おもしとなげかざれ
正像末和讃
昨年の8月、ご近所にある千手院さんの展望台から、松江水郷祭の花火を撮影しました。
夏の夜、空いっぱいに広がる花火を見上げると、思わず「きれいだなあ」と見入ってしまいます。
大きな音とともに打ち上がり、夜空にぱっと花が咲く。
その美しさは、私たちの心を明るくしてくれます。
諸行無常ということ
けれども花火は、いつまでも空に残るわけではありません。
どんなに美しく咲いても、やがてすっと消えていきます。
その姿を見ていると、私たちの人生にもどこか似ているように思います。
楽しいこともうれしいことも、ずっとそのままではありません。
反対に、苦しいことや悲しいこともまた、いつまでも同じではありません。
私たちの毎日は、移り変わっていくものです。
これを仏教では、「諸行無常」と言います。
すべてのものは変わり続け、同じままではいられない、ということです。
そう聞くと少し寂しく感じますが、親鸞聖人は、そのような移ろう私たちを、阿弥陀さまがそのまま見捨てずに照らしてくださっているとお示しくださいました。
無明長夜の灯炬
親鸞聖人は、阿弥陀さまを「無明長夜の灯炬」とお示しくださいました。
暗く長い闇を照らす大きなともしび、という意味合いです。
花火の光は美しいけれど、すぐに消えてしまいます。
しかし、阿弥陀さまのお慈悲の光は消えることがありません。
元気な時だけでなく、悩んでいる時も、落ち込んでいる時も、腹を立ててしまう時も、そんな私をそのまま包み込んでくださる光です。
花火を見上げながら、消えていくものの美しさとともに、消えることのない仏さまのお慈悲に思いを向けてみたいものです。
慌ただしい毎日の中でも、「南無阿弥陀仏」とお念仏申すご縁をいただき、阿弥陀さまに見守られている身であることを味わいたいと思います。
花火は消えても、仏さまのお慈悲は消えません。
そんな安心を胸に、今日もまた歩ませていただきましょう。
